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2020.09.11
「60本の赤い薔薇」

親戚が集まり、普段は飲まないお酒も少しだけ飲んで、顔を真っ赤にして、この日のために作った俳句を読み、浪曲なども歌い、大いに照れながらも嬉しそうに、楽しそうにしていた父の姿を思い出しました。あらためて見ると父も随分と年を取ったなあとつくづく思ったものでした。あれから三十数年の時が過ぎ、お陰様で父はまだまだ元気です。そして今度は自分がその時の父と同じ節目の年を迎えることとなりました。折しも、今まで経験したことのない大きな波を受けての自粛生活という状況も重なり、ゆっくり、じっくりと半生を振り返る日々を過ごしてきました。これまで自分の身に起こったこと、人との出会い、別れ、その時々の選択、決断。幼い頃の記憶から辿る謎解きのような、または一人禅問答のような。例えば何か悟りのようなもの、答えのようなものを探していたのかもしれません。これからの残りの人生の指針になるようなものが欲しかったのでしょう。でも、頼りがいのある心強い答えなど何も見つからないまま、その日を迎えました。それはそうですよね。そんなに簡単に人生の答えが見つかるわけがない。悩み苦しみ、そしてひと時の幸せを噛み締めながら、これからも今までと同じように、本当のその日が来るまで生き続けていくだけ。きっと父も同じようなことを、あの日、考えていたいたような気がします。
さて、ラジオ番組やホームページにたくさんのメールやお祝いのお手紙をいただきました。その多くに「これからもずっと元気でいてください」というメッセージが添えられていました。このシンプルな言葉が、今ほど心に響いたことはありません。みなさんの気持ちが心に沁みます。生涯現役という気持ちでお返ししていきたいと思います。
こんな僕ですが、これからもよろしくね。

 

いつもありがとう。

 

親戚が集まり、普段は飲まないお酒も少しだけ飲んで、顔を真っ赤にして、この日のために作った俳句を読み、浪曲なども歌い、大いに照れながらも嬉しそうに、楽しそうにしていた父の姿を思い出しました。あらためて見ると父も随分と年を取ったなあとつくづく思ったものでした。あれから三十数年の時が過ぎ、お陰様で父はまだまだ元気です。そして今度は自分がその時の父と同じ節目の年を迎えることとなりました。折しも、今まで経験したことのない大きな波を受けての自粛生活という状況も重なり、ゆっくり、じっくりと半生を振り返る日々を過ごしてきました。これまで自分の身に起こったこと、人との出会い、別れ、その時々の選択、決断。幼い頃の記憶から辿る謎解きのような、または一人禅問答のような。例えば何か悟りのようなもの、答えのようなものを探していたのかもしれません。これからの残りの人生の指針になるようなものが欲しかったのでしょう。でも、頼りがいのある心強い答えなど何も見つからないまま、その日を迎えました。それはそうですよね。そんなに簡単に人生の答えが見つかるわけがない。悩み苦しみ、そしてひと時の幸せを噛み締めながら、これからも今までと同じように、本当のその日が来るまで生き続けていくだけ。きっと父も同じようなことを、あの日、考えていたいたような気がします。
さて、ラジオ番組やホームページにたくさんのメールやお祝いのお手紙をいただきました。その多くに「これからもずっと元気でいてください」というメッセージが添えられていました。このシンプルな言葉が、今ほど心に響いたことはありません。みなさんの気持ちが心に沁みます。生涯現役という気持ちでお返ししていきたいと思います。
こんな僕ですが、これからもよろしくね。

 

いつもありがとう。